父は1921年(大正10年)2月27日生まれで、生きていれば101歳になります。
酒乱気味で怒りっぽく、我儘で愛情を素直に表せない父は2002年1月に80歳で永眠しました。
数年前に知人が我が家を訪問した際、ひょんなことから我が家に残っている古い写真アルバムを見てもらったことがあります。
アルバムは10冊ほどあって、私が幼少期の写真は父が全て撮影・現像・印画紙に焼き付けしたものです。
その父の影響もあって、私は小学生のころから父の写真機材を借りて天体写真を撮影し、現像・焼き付けを自分で行っていました。
s220223兄と私が写っているアルバムの一部です。
現像した印画紙を定着後、十分な水洗をしたお陰で、60年以上経過した現在でも茶色の変色が抑えられています。
セピア調色というものを除き、古い写真に茶色っぽい写真が多いのは、水洗が不十分だからです。
我が家では母が水洗をよく手伝わされたとのこと。
s220223母がアルバムから剥がして木製スタンドに入れ、居間に飾っている写真です。左が私で、右が兄と私です。
このスタンドの写真や古いアルバムを見た知人から
「こんなに表情を上手く捉えた写真が多く残っている家はあまりないのでは。お父さんの愛情が感じられる写真ですね。」
と言われました。
私にとって父は反面教師で、そのフィルターを通してでしか私は父を見ていなかったようです。知人からそのように言われ、思わずハッと気づかされました。
それまで、たくさんの写真が残っていることを当たり前のように思い、撮影した父の心情など考えたことがありませんでした。
s220223これは1967年(昭和42年)5月に青森から札幌に引っ越す際、青函連絡船デッキでの父です。当時56歳。
お酒を飲むときの表情だけは良かったですねえ。
ああー、また呑んでるなあと思いながら私がシャッターを押しました。
たくさんの写真を撮ってくれた父に感謝しています。
父を看取った際、感謝の言葉を伝えられなかったことが悔やまれます。